三位一体の神について

聖書の神は唯一だけど、三位一体

聖書の神は唯一です。でも、三位一体で3つの位格があります。

父なる神、御子なる神、聖霊なる神です。

たくさんの人たちがいろいろな方法で説明しています。一つの物質が固体、液体、気体と3つの異なる「三態」に変化しても、同じ一つの物質であるとか、卵には殻と白味と黄味があるけど、一つの卵とか。もしくは、Aさんは親にとっては息子だけど、妻にとっては夫であり、子供にとっては父親であり、異なる役割を持っているけど一人の人物であるとか、などなど。

三位一体の唯一の神について、聖書のみことばを見てみましょう。

初めに神が天と地を創造した。(創世記1:1)

この「神」という言葉は、原語のヘブライ語では単数形の神である「エル」の複数形である「エロヒム」が使われています。しかし、この「エロヒム」という言葉は、複数形でも単数形(集合的単数形)として使われ、絶対的な神を表しています。

そして、創世記1章には、神が人間を創造した時に語られたことばが記されています。

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。(創世記1:26、27)

神は「われわれ」と複数形で語られました。

創世記1章1~3節と、確実にこれを意識して書いたに違いないヨハネによる福音書1章を読み比べてみましょう。

初めに、神が天と地を創造した。地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。神は仰せられた。「光あれ。」すると光があった。(創世記1:1~3)

すべての空間を超えて天におられる神がおり、地の大水の上に動いている霊なる神がおり、ことばを発せられた神がいることがわかります。これらは永遠に時間を超えて初めからおられる絶対的な創造主なる唯一の神なのです。

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。・・・ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。(ヨハネ1:1~3、14)

「ことば」は創造主として初めから存在している神であり、「父」とは別の位格で存在する「子」としての神であり、それが人間の肉体をとって来られた御子イエス・キリストであるとわかります。

しかし、神の御子イエス・キリスト誕生の預言には、その名は「力ある神、永遠の父」(イザヤ9:6)とあります。

そして、イエスはこう言われました。

「わたしと父とは一つです。」(ヨハネ10:30)

イエスは、「父、子、聖霊の御名によって」(マタイ28:19)バプテスマを授けるように命じました。

聖書には、「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです。すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです」(エペソ4:5、6)と書かれています。

ですから、3つの位格を持たれる唯一の神、三位一体の神なのです。

父なる神、御子イエス・キリスト、聖霊_三位一体の神のそれぞれの役割

私の牧師であるチャック・スミス牧師は、創造主なる神に造られた存在である有限の人間の頭脳と言葉で、創造主なる神の無限の存在である三位一体を完全に理解して説明しようと試みることにこそ限界がある、ただ、それぞれに役割があると言っていました。

聖霊なる神

聖霊は、私たちにイエス・キリストが神であることを理解させ、イエス・キリストを見上げるようにさせます。

わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。(ヨハネ15:26)

その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。・・・御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。(ヨハネ16:13~15)

そして、聖霊なる神は、イエスを信じて受け入れたクリスチャンの内側に宿り、「助け主」として、私たちを助け、導き、強めてくださいます。

父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。・・・その方は、真理の御霊です。・・・その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。(ヨハネ14:16、17)

聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を得ます。(使徒1:8)

イエスを信じて受け入れ新生(ボーンアゲイン)したクリスチャンが、主イエスに従って証していける人生を送るのは、聖霊の力によってです。

御子なる神、イエス・キリスト

イエス・キリストは、地上におられたとき、いつも「父」のことばを語り、「父」のみこころを行い、「父」のわざを行っていると語られました。そして、「イエス」の御名によって、祈り、イエスが祈りに応え、それよって天の父なる神が栄光をお受けになると言いました。イエス・キリストは、私たちのフォーカスを天の父なる神に向けさせます。

わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです。・・・またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。(ヨハネ14:10、13)

天の父なる神

聖霊が私たちの心をイエス・キリストへと向けさせ、イエス・キリストが私たちの心を天の父なる神へと向けさせる時、御子なるイエス・キリスト、聖霊なる神を送ってくださった神をほめたたえ、同時に、御子なるイエス・キリストが成し遂げてくださったこと、聖霊が成し遂げてくださることに感謝して従うのです。こうして、すべての栄光が天の父なる神へと帰されます。

神は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです。アーメン。(第一テモテ6:15、16)

でも、天の父なる神を知りたい、見たいと思うかもしれません。イエスの弟子のピリポが天の父なる神を見せてほしいと行った時、イエスはこう答えました。「わたしを見た者は、父を見たのです。」(ヨハネ14:9)実際、聖書にはこう書かれています。御子は、見えない神のかたちであり(コロサイ1:15)、神の栄光の輝き、神の本質の完全な現れ(ヘブル1:3)です。

わかりますか? 天の父なる神を知りたければ、イエスを知ることです。イエスを知るには聖霊が必要です。聖霊によってイエスを知れば、天の父なる神がわかるのです。こうして唯一の神でありながら、三位一体の神であることがわかるのです。

Scroll to Top